賃料前払方式の定期借地権制度の活用法
(1)定期借地権の賃料を前払いした場合の税務上の取扱いが明らかに
国税庁は平成17年1月7日、「定期借地権の賃料の一部又は全部を前払いとして一括して授受した場合における税務上の取扱いについて」の文書回答を国土交通省に対して行いました。
これにより、定期借地権の設定時において、借地権者(借地人)が借地権設定者(土地所有者)に対し、借地に係る契約期間の賃料の一部又は全部を一括前払いの一時金として支払うことを契約書で定めた上で行う場合には、借地人は「前払費用」、土地所有者は「前受収益」として計上し、期間配分することができることが明らかになりました。
では今後、どのような効果、活用法が見込まれるのか気になるところですが、これについて国土省は次のような文書を作成しています。少し長いですが、大変読みやすく、ヒントがたくさん隠されていますので、今回はその全文を紹介します。興味のある方はぜひご一読ください。
(2)「定期借地権に係る税務上の所要の措置(一時金の取扱いの明確化)」
(編注:国土交通省作成)
1.背景
定期借地権制度は、平成4年に創設され、現在まで、約45,000戸の定期借地権付住宅が供給されています。また、事業用としても湾岸部での大型商業施設、都心部低利用地の商業施設、郊外部のアウトレットモールなど様々な場面で活用されるようになっています。現在は、長い景気停滞から回復への転換点にあることから、リストラで縮小する事業と、景気回復に沿って成長する事業が混在し、前者では不要土地が放出される一方で、後者では、土地活用ニーズが拡大しています。しかし、土地保有リスクを回避したい企業も多く、土地利用のミスマッチが発生しています。このような場面で、定期借地権の活用はきわめて有効であると考えられます。なぜならば、土地所有者にとっては、買い手が付かない土地を貸すことによって活用できる可能性を開くことになるからです。
また、現在、公的主体が保有する土地についても、未利用地化しているものについては、早期の処理が求められています。しかし、土地需要が減退していることから、これらの処分が困難となっており、このような場面でも、定期借地権の活用はきわめて有効です。
こうした中、定期借地権を活用する上で、通常、何らかの一時金のやり取りが行われますが、その一時金には以下のような問題点があり、定期借地権制度を活用する上で阻害要因になっている面があります。
2.現在の一時金の問題点
現在、定期借地権の一時金としては、保証金と権利金(注1)がありますが、主に保証金が利用されています。
保証金は地主にとって、万が一の際には建物撤去費用に充てることができる点などで有効ですが、その反面で、地主、借地人にとって、債権債務関係が長期間にわたって存続し、様々なリスク要因となることから、必ずしも双方にとってメリットがあるとは言えない部分があります。
例えば、地主にとっては、長期間にわたって多額の債務を負うことになり、期間満了時には、多額の返還をしなければなりませんので、大きな負担感があります。また、借地人にとっては、相手の倒産等、貸し倒れリスクを負うこととなり、しかもその資金は長期間にわたって寝かせることになるので、一定期間のキャッシュフローを重視する昨今の経営環境にあっては、必ずしも望ましい形態とは言えないものです。
一方で、権利金についても次のような問題点があります。個人である地主にとっては、現行税制上、権利金は、その対価が地価の1/2を超える場合には譲渡所得扱いになりますが、1/2以下の場合は、不動産所得扱いとなってしまい、累進課税されます。1/2以下でも一時金の額は非常に大きなものであることから、地主にとっては仮に権利金として一時金をもらっても、税金で大半がもっていかれてしまう、ということになりかねません。また、事業者である借地人にとっては、時間の経過に伴って減価していく権利金は、期間の経過に応じて償却されるべきものですが、現行法上は償却できず、期間満了時に権利の消滅と同時に特別損失を計上して全額を一度に償却せざるを得ない扱いとなっています。これは企業会計の考え方とも整合がとれません。こういった問題から、現時点では権利金はあまり使われていません。
そこでこれらの問題を解消するために、今回の措置で、賃料の前払いとしての一時金の取扱いを明確化することとしたものです。
(注1)その一時金の名称にかかわらず、ここでは、定期借地権設定の対価そのものなどとして収受し、返還を要しない一時金を権利金と言い、地代不払いや建物撤去不履行の際の担保などとして収受し、原則返還を要する一時金を保証金と言うこととする。
3.今回の措置の概要
今回の定期借地権に係る税制措置は、このような問題を解決し、地主、借地人双方にとってより合理的で使いやすい一時金のやりとりを可能とさせるものです。
これによって地主は、権利金のように一時金収受の時点で一括して一時に課税される、ということはなく、毎年の地代と合わせて、それぞれの年の収入があったものとして分散して課税されることとなり、また、借地人は、権利金のように期間満了に一括してして一時に費用化する、ということはなく、毎年の地代支払いと合わせて段階的に費用化することができるようになります。
4.今回の措置による効果
今回の措置は、地主、借地人双方にそれぞれ次のようなメリットをもたらすものと考えられます。
まず、地主についてですが、多額の一時金を受け取っても、それが一括して一時に課税されるということはないため、課税上の負担が軽減されます。
保証金と比べても、期間満了時に地主に対して多額の債務の返還を負わせることがないため、地主にとっての負担感を相当程度軽減することが可能です。
今回の措置はあくまで一定の契約に沿って、地代の前払いとして一時金が授受された場合に、地主、借地人双方が、税法上、その一時金をそれぞれ「前受収益」、「前払費用」として扱うことができる、というものですので、例えば、借地人が個人であって、地代を経費として処理しない場合でも、地主の一時金は、「前受収益」として、毎年の地代収入と合わせてそれぞれの年に課税されることになります。従って、今回の税制措置は、戸建て住宅やマンションの定期借地権にも効果を有します(注2)。
例えば、戸建ての定期借地権付住宅を例にとると、現行、地価約3,500万円に対して、月額地代約3万円(年間36万円、地代率約1%)、保証金約630万円(保証金割合18%)、というのが全国平均の姿です(定期借地権普及促進協議会「全国定期借地権付住宅の供給実績調査報告書」(平成16年7月))。このとき、例えば、月2万円分の地代が前払いされた場合を考えると、当該一時金は、2(万円)×12(ヶ月)×50(年)=1,200万円、ということになり、現在の保証金、の平均的なやりとりを比較しても相当の金額になります。
次に事業者である借地人にとっては、まとまった資金を一時金として供出しても、その資金を毎年費用化できることとなり、税制上長期にわたって費用化できない権利金よりはるかにメリットを感じることができます。さらに、長期にわたる債権である保証金と比較しても、貸し倒れということがないため、リスクを軽減することが可能です。
(注2)ただし、この場合、借地人にとって一時金は、地代の前払いですので、資産の取得には当たらず、当該資金部分について住宅ローン減税の適用を受けることはできなくなると考えられます。しかし、定期借地権の一時金は、所有権住宅の購入資金よりは相当に低く抑えられていることから、住宅ローン減税の対象となるか否かが、定期借地権の使い勝手を決定的に悪化させることにはならないと考えられます。
5.土地市場への影響
このように今回の改正により、地主側、借地人側双方にとって一時金のやりとりが格段に合理で使いやすいものとなることから、土地市場に次のように作用することが期待できます。
第一に、様々な事業用借地権での活用です。
地代の前払いとしての一時金は、保証金と比較すると、長期間にわたる債権債務を抱えることを回避し、権利金と比較すると、期間満了時に多額の特別損失を計上することを回避する効果があります。そして最大のメリットは、今後、一時金のやりとりがキャッシュフローの計算の中で明確になる、ということです。
仮に20年間の事業用借地権について1億円の保証金若しくは権利金の代わりに同額の前払賃料を支払うとすると、税法上も期間の経過に応じて毎年500万円ずつ費用化できることから、法人税の実効税率が40%のときには、課税所得がマイナスにならない限り、保証金もしくは権利金の時に比較して、キャッシュフローは200万円になります。これは、当初支払った一時金に対して年2%に相当します。
このことが及ぼすその事業における投資利回りとしての効果は、投下資金総額に占める一時金金額の割合にもよりますが、現状のJ-REITの投資利回りが4%程度であることを考えると、その効果は無視できないものと考えることもできます。特に、それが大型プロジェクトで、証券化などの手法を活用する場合は、期間の収益費用を平準化することが重要であり、プロジェクトの成否に決定的な役割を果たすことも考えられます。
また、一時金が前払賃料の場合は、それが保証金の場合よりも、(実際に支払われる毎年の地代が不変であれば、)経済合理性から一時金としての金額は抑えられることが考えられます。このとき、事業への初期投下資金が少額で済み、投資効果が改善することになります。 このように、キャッシュフロー重視の傾向にある事業用の土地投資市場において、今回の措置は、これまでと比べ、定期借地権を非常に使いやすいものとさせるため、事業用借地権の活性化を通じ、土地の有効利用が活発化されていくことが期待されます。
第二に、定期借地権住宅での活用です。
例えば、戸建ての所有権住宅の平均敷地規模が128平米であるのに対して、定期借地権付住宅の平均敷地規模は219平米であり、定期借地権が敷地規模の確保に一定の効果があることが推察できます。昨今では300坪以上の定期借地権付物件の供給など様々な取り組みが行われており、これらが多様な居住ニーズに対応した住宅の選択肢拡大に大きな役割を果たすものと推察され、定期借地権付住宅に対する居住者のニーズには根強いものがあると考えられます。
しかし、たとえニーズがあっても、これまでは権利金に係る課税上の問題、保証金返還に係る負担感の問題もあり、地主が定期借地権を供給したがらないという指摘がなされています。このため、市場に出回る定期借地権付き住宅は量的にも限られており、十分なマーケットを形成するには至っておりません。
今回の措置により、地主は、保証金返還の負担をすることなく、受け取った一時金は期間にわたって分散課税されることになりますから、その問題点が改善され、定期借地権付住宅の供給促進が期待できます。地主がメリットを感じ、定期借地権付き住宅の供給が促進されれば、居住者の選択肢が広がることになり、限られた資金をより広い敷地に充てたり、省エネ、耐震といった住宅の質の向上に充てることが可能となり、居住環境の改善に寄与することが期待できます。
第三に、相続等に伴う敷地の細分化を防止する上での効果です。
敷地の細分化が進む要因として、相続のための税金を支払うための資金を確保する必要から切り売りをする、ということが背景にあるということが言われていますが、今回の措置によって、この問題の回避を図ることが期待できます。 例えば、5,000万円の税金を支払うために、従来は5,000万円分の土地を売却する以外に方法が無かった場合でも、今回の措置によって、5,000万円分を地代の前払いととして受け取れば、設定時に一括して一時に課税されることもなく、これを相続税の支払いに充てることが可能となります。
今回の措置では、例えば、「毎年支払う地代は固定資産相当分とし、その余は一括前払いとする。」といった契約も可能となります。この場合でも、地主に対する課税は固定資産税分の地代と合わせて毎年地代収入があったものとして税金を支払えばよいということになります。これは地主にしてみると、いわば時限的に土地を売ったのと同じで、期間満了時には更地で返還されるわけですから、敷地を切り売りしないで済み、結果、土地の細分化防止に効果を発揮するものと期待されます。
第四に、公有地の活用です。
今回の措置は、借地人である法人若しくは個人事業者にメリットをもたらすので、定期借地権をより「売りやすい」上体にもっていくことが可能となり、結果として土地所有者である公的セクターにもメリットをもたらすと考えられます。つまり、借地人にしてみると、地代の前払いとしての一時金は、保証金と比較して毎年費用化できる資金なので、長期間資金を寝かす必要がなく、その分、毎年の地代が安くなるのであれば、保証金で失う機会費用との比較の上、優位性を感じることができます。一方、地主である公的セクターにしてみると、地代の前払いとしての一時金は、保証金同様、まとまった資金を現時点で確保できると同時に、保証金と異なり、期間満了時に資金を用意する必要が生じないため、長期間にわたり多額の債務を負うという財務上の問題を回避することが可能となります。
6.今回の措置の具体的内容
今回の措置については、国土交通省としては、当初、定期借地権に係る税制改正として要望して参りました。その過程で事務的に詰め、現行の税制との整合性も勘案した結果、税制改正として措置するのではなく、運用上の取扱いを明確化することとしたものです。具体的には、国土交通省から国税庁への文書照会に対して国税庁が文書で回答するという形式をとっています。
照会文書にある通り、今回の措置が適用されるためには、本件一時金を前払賃料として別紙の書式例に準拠した契約書によって契約し、その契約書を契約期間にわたって保管した上で、その取引の実態も当該契約に沿うものである必要があります。逆にこのような条件を満たせば用途や地域に関わらず、今回の措置は適用されるため、住宅からショッピングセンター、再開発からオフィスビルまで汎用的な手法として様々な場面で活用することが可能です。
なお、今回の措置により一時金を前払賃料として授受することが可能となりましたが、一方で、保証金及び権利金も引き続き活用することができます。どのような方式を活用するかは、土地所有者と借地人双方にとって、その場面で最も望ましい方式を選択するのが良いものと考えられます。